味方が多い人は、いつも自分のターンが長い

周囲の人たちを引き付けて、プロジェクトを確実に前に進めていく人がいます。こういった人たちは、「タスクを依頼されているから仕方なく話を聞いている姿勢」を「課題解決のために何ができるかを考える姿勢」へと進化させ、一緒に仕事をする人たちを“関係者”に変える力を持っているのです。どうすれば周囲を巻き込みながら、仕事を前進させるビジネスパーソンになれるのでしょうか?コラムニストであり、コンテンツプランナーのりょかちさんは自身の経験から、“自分のターンが長い”ことを、その特徴のひとつとして挙げています。

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「話が長い」に罪悪感を感じる私たち

ここ半年以上、意識してがんばっていることがある。それは“たっぷり自分の話をしても、その時間を恐れない”ことだ。

昔から自己紹介や、複数人の前で自分の話をするのが苦手だった。ソーシャルメディアではよく喋るし、エッセイまで書いている人間なので、周りに自分の話をすることが得意だと思われる。けれど実際は正反対で、人前では自分のことをうまく話せない。だからこそ、こうやってエッセイで「自分のこと分かってほしい」という文章を恥ずかしげもなく書けるわけである。

そもそも、自分の話が長いことに、私たちは非常にシビアだと思う。雑誌に掲載されている、“嫌われる人の特徴”にしばしば「自分の話ばかりする人」「自分の話が長い人」という項目を見つけるし、校長先生の全校集会で大きなあくびをしていた小学生の頃から私たちは“自分の話が長い人”に悪態をつくのが得意なのである。

そう、だから、もたもた自分の話をしていると、誰かが「長いよ」と言っているような気がしてくる。自分が話を始めたその瞬間から、罪悪感がせり上がってくる。だけど社会に出て年齢を重ねれば重ねるほど、この“長い話”の価値が分かってきたようなきがするのだ。

味方が多い人はいつも、自分の話が長い、と思うのである。

情報を知れば知るほど、その内容の“関係者”になる

自分の力だけではどうにもならないような大きな仕事を担当するようになると、どうしても頭を捻らなければならない問題が生まれる。それは“巻き込み力”だ。

いくら「仕事ですから、これをやってほしいんです」とだけ伝えても、いい仕事が生まれないのが世の常である。人と仕事をするということは、パソコンと向き合うこととはわけが違う。人と人の組み合わせから生まれるアウトプットは、「ひとり+ひとりで2だよね」という足し算や、あるいは掛け算した1という単純な数字ではなく、-100にも100にもなる。それが面白さでもあり、難しさなのだ。だからこそ、チーム論や組織論、リーダーシップ論とかそういった学問が世の中で研究され続けるし、ビジネス本が売れ続けるのであろう。そして、“巻き込み力”という言葉が長年ビジネスの世界で生き続ける理由でもある。

とあるプロジェクトで、いろんなチームで企画を進めている人と仕事をする機会があった。社内外問わず、多様なチームで多岐にわたるプロジェクトを動かしている人で、到底その人ひとりの力だけでは進められそうにない仕事もあった。けれど、どのチームでも、どんな大変そうなプロジェクトでも、周りの人たちが率先してその人に手を貸そうとしているので、不思議に思っていた。

ただ、当時の私はその人とのミーティングが少し苦手だったのを覚えている。何しろ話が長いのだ。本題に入る前に、企画の説明を何度もするし、その説明の一つ一つが長い。私は、最初からそのプロジェクトで一緒に仕事をしていたので、知っている話ばかり。とにかくその時間が退屈で仕方なかった。また、自分が会議を仕切る立場だったこともあり、なかなか本題に入らない会議に、ヒヤヒヤしていた瞬間もあった。

さらに、本人の話が長いだけならまだしも、私が会議を進行している時には、しばしば「もう少しこの企画についてしっかり説明したほうがいいんじゃないですか」と言うのである。確かに、私がメンバーに意見を求めても、なかなか発言が生まれない場合も多かった。けれど、事前に資料も共有しているし、ダラダラと話すのは時間の無駄じゃないか……?

その考え方は、彼女が私の関わっていない企画を会議で紹介していた時に変わってしまう。彼女が私に相談事があって開かれた会議でのこと。会議前に資料を既に読み込んではいたのだが、彼女が企画の説明を始めると、様々な新しい発見があったのである。

例えば、この企画を進めることになった背景にある会話や、メンバーの選定などの資料に書くまでもない細かい事情、彼女からあふれるやる気。そして、資料に書かれていた情報が点と点としてつながって線となり、自分に依頼されていたタスクがどういう経緯で生まれたものなのか、期待値はどれくらいなのかがより一層クリアになっていった。

何より、企画意図を聞いているうちに、その仕事へのモチベーションが小さく上向いていくのが分かった。気付くと、「タスクを依頼されているので説明を聞いている」から「課題を解決するために話を聞きながら一緒に考えている」という姿勢に自分が変わっていたのである。

私は、会議をテンポよく進めることにこだわるばかりに、情報共有への意識が薄れていた。そして、自分があなどっていた丁寧な情報共有には、想像以上の効能があった。情報を知れば知るほど、理解度はもちろん上がるが、それだけではない。持っている情報量が増えるほど、私たちは“関係者”になるのだ。企画の関係者になることで意識は「よく分かってないから口出さないでおこう」から「よりよくなるかもしれないから言ってみよう」へと変化し、「相手が決めたならそれでいいや」から「自分ならこうするけどどうだろう」になる。

見落としがちだが大事にしたい「ことば」のマネジメント

世の中で起きるすれ違いの原因の半分は、持っている情報の格差によるものなんじゃないかと思う。前提条件への理解に差があるなら、ひねり出されたそれぞれの決断は異なるものになるはずだ。視座の違いは見渡せる景色の差、つまり見えている情報の差でもある。知らないものについては考えられないし、考えられないものに熱量は注げない。

だからこそ、一緒に仕事をする人が増えれば増えるほど、全体像が巨大なプロジェクトになればなるほど、情報マネジメントがとても大事になるのではないだろうか。意見がすれ違ったり、気持ちが離れているように感じる時には、まず相手のやる気や性格を疑う前に、自分と同じ視点に立てる情報量を供給しているか、考えるべきなのかもしれない。

彼女と仕事をした後、私も少しずつではあるが、一緒に仕事をする人に丁寧な情報を共有するようにしている。すると、会話のキャッチボールがいくらかスムーズになった。自分が企画を丁寧に説明してこなかったのは、「企画で詰め切っていないところがバレるのが嫌だ」という側面もあったのだと気付くこともできた。自分の企画について、まだ分からないものを「分かりません」と伝えれば、相談に乗ってもらえると知ることもできたのはこの習慣のおかげだ。

長い説明は必ずしも、資料を見損ねているかもしれない私たちを疑った末の態度でもなければ、暇つぶしでもない。丁寧で過不足のない説明は、プロジェクトに関わる私たちが遠くを共に見るための土台を作り上げてくれるものなのだ。

まだまだ私は、自分の話をするのが苦手だ。しかし少しずつ、自分が話をすることで、自分と同じ視線に経ってくれる人がいるということを信じることができるようになってきた。共に高い壁の向こうを覗けるように、足元がぐらつかないほどに丁寧に積み上げる情報共有を、これからも意識していきたい。

文/りょかち(ryokachii

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この記事をかいた人

1992年生まれ。京都府出身。神戸大学卒。学生時代より、ライターとして各種ウェブメディアで執筆。「自撮ラー」を名乗り、話題になる。新卒でIT企業に入社し、アプリやWEBサービスの企画開発・コンテンツマーケティングに従事。現在では、若者やインターネット文化についてのコラムのみならず、エッセイ・脚本・コピー制作のほか、若年層に向けた企業のPR支援も行う。著書に『インカメ越しのネット世界』(幻冬舎刊)。その他、朝日新聞、幻冬舎、宣伝会議(アドタイ)などで連載。